『 痛風二十二年物語 』 九話

  • 2014.04.30 Wednesday
  • 23:14
 

『痛風二十二年物語』九話

“尿瓶生活”が続く毎日となって

3/3 (月曜日)

少々、格好のわるい話だが、話を痛風に戻そうか。

寝床のある座敷部屋からトイレまではフラットで、

この中廊下を約6メートルほど行けばよかった。

ところが、身体全体の痛みは改善されず、たまに9度近い熱が

でることもあり、ますます自由がきかなくなっていた。

ここへ移る前も一階へ降りるのに難儀したので、

一日何回かは、尿瓶を使って用を足すことがあったんだ。

ここへ来てからは、小便はほとんどこれを使うようになってしまった。

あの日、病院から戻って3日目は、私の誕生日だった。

夕方過ぎ、二男と長女を呼んで、家内がささやかな誕生祝いをしてくれた。

ケンタッキーが好きだったので、これと飲み物で、

一時間ほどパーティーをしたよ。

そんな中、「病院へ入院した方がいい」と、誰となく話が出て、

私もそう思ったが、痛風では入院できないので困ったものだった。

すると家内がこう切り出したんだ。

「ねえパパ、介護タクシーていうのがあるんだって。

明日これを呼んで、市民病院へ乗りつけたらどかしら・・・」と。

我家が代々かかりつけの町医者があり、

ここの大先生から市民病院へ紹介状をもらっていた。

長年、切らすことの出来なくなった痛風の痛み止めを、

取りに行くことが家内の役目となっていた。

先生は、相変わらずの私の行状を察してか、

紹介状をもって一度病院へ行くよう勧めてくれていた。

「介護タクシーて何?」と聞くと、

どうやら救急車のようなもので、

立つことのできない重病人を、目的地まで寝たまま運んでくれるのだそうだ。

そして救急患者と同じ入口に着けてくれるので、

連れてこられた病院としては、急患として診察しざるを得ないとも言った。

こんなことをいつ調べたんだろうか。そして、明日というのも急な話だった。

しかし、ここはひとつ家内のいう通りにしてみようと思った。

これ以上このままではいられないし、

痛風による合併症が何かあってもおかしくはなかった。


― 続きは今度。よかったらまた読んで下さい。―


  
               http://ameblo.jp/22nen-story/

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       ”痛風 ”で負った 外反母趾 や、膝関節 の 痛み は おさえたいよね。
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