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    『 痛風二十二年物語 』 三話

    • 2014.02.17 Monday
    • 19:45

    『痛風二十二年物語』三話
    “入院させてくれないの?!”


    1/23(木曜日)
    鶴見の国道沿いにある総合病院で頭のレントゲンを撮ったようだ。
    頭部CT検査てやつだ。脳内出血の疑いからだ。
    気がつくと、カーテンで仕切られた救急患者の控室みたいなところで、点滴され寝かされていた。
    何やらまわりが騒がしく、同僚がいるようだった。

    少し寒くなって家内に言うと、どこからか毛布借りてきてかけてくれた。暖かだった。
    どうやら寝ている間に、CT検査をやったらしく結果がでるということだった。
    そして準備が出来次第、看護婦がきて病室へ移動すのかと考えていたんだ。
    こうまでならなきゃ、入院できない病気かとも思ったよ。
    家内の気持ちも察するに容易だった。申し訳なかった。
    この時、痛風真っ只中の私の体格は、

    身長百七十四センチ、体重八十一キロだった。言わば「メタボ」というやつだった。

    しばらくして、「小林さん、どうですか?」って声がかかった。
    カーテンが開いて、先生が看護婦連れてやってきた。
    身体は痛いが今は落ち着いた気分であることを伝えた。
    「CTの結果ですが、どこも悪いところは無いようですね。
    極度の緊張で一時的に貧血を起こされたんでしょう。引き続き痛風の治療は続けて下さいね。」

    看護婦が笑ったように見えた。
    様子見て、会計を済ませ、帰ってもいいということだった。
    入院させてくれないんだ。家内が唖然としていた。家内にしてみれば、頑固な私が、
    やっと病院で治療に専念してもらえる。これで良かったと、思っていたはずだ。
    私も切っ掛けが出来て良かったと。
    中村雅俊の「ただお前がいい」知ってるかな。
    妻の顔を見てこの歌が浮かんだ。

    「ただお前がいい、わずらわしさに投げた小石の、放物線の軌跡の上で・・・

    このあと、救急の入口ロビーにある会計前のソファに二人腰掛け、タクシーを待ったんだ。
    午後四時を回っていたが、陽はまだ高くまだまだ暑かった。

    ― 続きは今度だ。よかったらまた読んで下さい。―

    夕暮れ 時・・・
                                                                              
                                                                                                    夕暮れ 時でした ・・・


     

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