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  • 2018.09.15 Saturday

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    ハンデ ウォーキング を スタートした!

    • 2018.09.03 Monday
    • 03:20
    23:46
    “ 最愛の伯父が旅立った日 ” https://t.co/DKkf7uZ1yl #jugem_blog

    『痛風二十二年物語』三十話

    • 2018.09.02 Sunday
    • 23:46

    『痛風二十二年物語』三十話

     

    “ 最愛の伯父が旅立った日 ”

     

    2017年8月24日午前9時、義母の定期健診で家内と三人、

    関東労災病院の担当医の待合所で診断を待っていた。

    病院へは、たまに私の運転で送迎していた。

    診断は予定より大分遅れて始まったが、

    10分ほどでいつものように終わった。

    このあとは、処方箋と会計を待つ間、

    ロビーホールの一角にあるドトールコヒーで、

    いつものように軽い軽食を取るのが習いだった。

    そして病院をあとに、一路家内の実家である義母の家に向かった。

    11時、家内の実家についた。

    この日は、家内の和服や帯の収納スペースが不足し、

    実家に預けるため立ち寄ることにしたのだ。

    奥の座敷で、ガヤガヤ話しが始まっていた。

    私は、仏壇に線香をあげた。

    長押の上の、家内の祖父母と父上の遺影が変わらず微笑んでいた

     

    この後、物価の安い商店街へ立ち寄り、

    家内お得意のまとめ買いを行い、我が家へ戻ったのは12時30分頃だった。

    帰宅後は一番に、得意先メールの内容確認が習慣だった。

    と、そこに「さきほど・・・」REメールの文字が目に入った。

    一瞬息をのんだあと、

    隙間風のような短い文脈を読んだ。

    「さきほど父が旅立ちました。眠るように、です。」

    「また、色々とはっきりしましたら、連絡いたします。」

    「母がまたなにか言うかもしれませんが、

    すべてお気になさらないように・・・」とあった。

    12時19分、従姉妹の〇〇〇からだった。

     

    ― 続きは今度。よかったらまた読んで下さい。―

     

     

                        岩陰に咲く

    『痛風二十二年物語』二十九話

    • 2017.12.05 Tuesday
    • 01:20

    『痛風二十二年物語』二十九話

     

     「こ の 道」 花

     

     この道はいつか来た道

     ああ そうだよ あかしやの花が咲いてる

     

     あの丘はいつか見た丘

     ああ そうだよ ほら白い時計台だよ

     

     この道はいつか来た道

     ああ そうだよ お母さまと馬車で行ったよ

     

     あの雲はいつか見た雲

     ああ そうだよ

     山査子(さんざし)の枝も垂れてる
     

     北原白秋

     

      都会なれした蝶

     

     

    『痛風二十二年物語』二十八話

    • 2017.11.27 Monday
    • 00:36

    JUGEMテーマ:こころ

    『痛風二十二年物語』二十八話

    “リハビリテーション科” 拍手

     

    入院十六日目の朝を迎えた。

    身体の節々にあった痛みは、

    処方されるステロイドの量に比例して無くなっていった。

    入院当初は、炎症による身体中の痛みをとるため、

    一挙8ミリに増量したが、現在はその半分となっていた。

    ステロイドを使用した場合、たとえ痛みがなくなっても、

    これをすぐになくすわけにはいかなった。

    そうそれは“リバウンド”があるからだ。

    先生は、糖尿・リュウマチの専門医であり、

    この処方を熟知していた。

    ステロイドの減らし方は、私の身体の状態をよく観察しつつ、

    少しずつ慎重に行わないと、

    再び痛みが起こりぶり返しがあるのだ。

    それは入院前、町医者からもらったステロイド錠2ミリを

    やぶから棒に服用していた頃、経験済みだった。

     

    さてこの日、検温と血圧を終えた看護師が言った。

    「小林さん、明日からリハビリ室へ行ってください・・・」

    「松葉づえで歩けてはいるようですので、

    もっとしっかり出来るようにしましょう・・・」

    「明日、昼食後2時にリハビリ室へ行ってください・・・」

    「入るとき、お名前と・・・」

     

    そうか、いよいよ退院の準備かなと思った。

    大腿部やふくらはぎの筋肉はすっかりなくなり、

    足腰の衰えは顕著だった。

    松葉ずえで病院内を出来るだけ歩くことを日課とし始めてはいたが、

    そう退院すれば、そこは他ならぬ“娑婆”である。

    こんな状態ではどうにもならない。

    もっと足腰をしっかりさせないと・・・・

    我が家の石段が目に浮かんだ。

     

    ― 続きは今度。よかったらまた読んで下さい。―

     

     

          我が街の夜景

    『痛風二十二年物語』二十七話

    • 2017.03.31 Friday
    • 22:01

    『痛風二十二年物語』二十七話

     “ひさびさの風呂に入る”にじ拍手

     

    妙な言い方だが入院生活も慣れ、

    自由にならない身体を除けば、特に文句はなかった。

    今朝方の検温で、看護師が言った。

    「小林さん、今日からお風呂に入ってもいいですよ

    「風呂!あ・・・そうですか、何時頃・・・?」

    空いている時間を知らせてくれるとのことだった。

    2日前、車椅子で洗髪所へ行き洗髪はしてくれたが、

    しばし忘れかけていた風呂だった。

     

    この日も昼ごろ、家内が来てくれた。

    風呂のことを伝えると、

    「あら、良かったわね。」

    「でも、大丈夫 ?」とほほ笑んだ。

    「あら、隣の人 退院したの?」

    整然としたベッドがそこにあった。

    「ああ、足の方は問題なかったみたいだよ。」

    「午前中、恋人だか姉さんだかが来てね・・・」

    「そう、良かったわね。」

    抗生剤の点滴で経過観察だった彼は、ひょっとして、

    私たち夫婦共通の悲しい記憶を呼び起こすものだった。

    家内の姪っ子が脛(すね)の痛みを訴え、骨肉腫と診断され入院した。

    数年の闘病後、わずか十五年余りの命だった。

     

    さてその日の三時ごろ、私は小声で鼻歌を歌っていたよ。

    実に身も心も洗われるとは、この事だ。

    たたみ四畳ほどのスペースの奥に広めのバスタブがあり、

    トイレも付いていた。

    手摺もあり湯船につかるのにさほど苦労はなかった。

     

    入浴が終わったら、ドア横のブザーを押してナースセンタへ

    知らすのが決まりだった。

     

    ― 続きは今度。よかったらまた読んで下さい。―

     

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                   い い 汗 か い て る よ

     

    『痛風二十二年物語』二十六話 “二十二年前の回顧その2”

    • 2017.01.13 Friday
    • 16:59

    『痛風二十二年物語』二十六話

    “二十二年前の回顧その2”あめ

    JUGEMテーマ:こころ

    我が家が長年お世話になっている、

    青木町の大先生の診断は、やはり痛風だった。

    採血した血の検査結果は、五日後だったが、ほぼ間違えないようだった。

    その日、痛みをとるための錠剤と湿布薬を処方してくれた。

    錠剤は、ステロイド系の鎮痛剤だった。

    痛みが治まったらこれを止め、痛風の治療に切り替えるとのことだった。

    そしてこの日から、この錠剤と細く長い付き合いが、

    始まるとは 知るはずもなかった。

     

    発作から三日後、私は会社の喫煙場所にいった。

    多少むくみと痛みがあるため、社内ではスリッパを履いていた。

    同僚との話題は、もっぱら痛風だった。

    発作の日の事を、自慢げに話している自分が可笑しかった。

    「それで、もう痛くないのか・・・」

    私の足元を見て、同僚がけげんそうに聞いた。

    「ああ、まだ少し痛みはあるが・・・・・」

    実際、処方された錠剤を飲んで、ほとんど痛みは消えていた。

    一体あの時の悪夢は、何処へいった・・・。

     

    ビルの谷間がオレンジ色に輝く頃、疲れも出てか、

    薬指付け根の裏側当たりがしくしく疼いた。

    それでも仕事が終われば、その日の締めくくりに同僚と酒を飲んだ。

    手羽先開きの塩焼きとイカ納豆で飲むビールは最高の褒美だった。

    酒が入れば、多少の痛みなど忘れてしまう。

    まさに『 喉元過ぎれば・・・』であった。

    また、はっきりとした痛みがあれば、

    例の錠剤は 魔法のようによく効いた。

     

    ― 続きは今度。よかったらまた読んで下さい。

    夕暮れ 時・・・ 

                     我が街の夕暮れ時 

     

    『痛風二十二年物語』二十五話

    • 2016.10.02 Sunday
    • 23:01
    『痛風二十二年物語』二十五話

    “二十二年前の回顧その1”
    ホットコーヒー 時計ホットコーヒー

    入院前、夏休み恒例の家族旅行があった。
    足の状態はすこぶる悪かったが、長男に運転を任せ出かけた。
    貸別荘は長野県上田市の武石村にあった。
    横浜から高速を使って約3時間半のドライブだが、
    案外見慣れた景色を眺めながら、わいわいがやがや、
    途中一回だけサービスエリアで休憩を入れ、目的地へ到着した。

    だが、私にとってこの二泊三日の旅情は、
    しみじみとした苦痛の日々となった
    のである。

    家内や子供達にとって、歩けない私を別荘に残し、後ろ髪を引かれながら、
    出掛けることは、快いものではなかっただろう。

    バルコニーの椅子に腰かけ、すがすがしい木々の緑に囲まれ、
    出かけ前、家内が淹れてくれたコヒーを味わう。
    溢れんばかりの木漏れ日達を見つめていると、何やら囁きが聞こえた。
    おい、お前、・・・お前だよ。
    こんなになるまで、一体 何をやってきたんだ・・・
    「えー! 俺は、ここまで家族のために一生懸命やってきた・・・」
    「悪いことなどなにもない・・・」
    そうじゃない、そうじゃない、その身体・・・その身体だよ・・・
    緑の木漏れ日の真ん中に吸い込まれるように、
    遠い遠い二十二年前のその日を思い起こしていたんだ。
    そう・・・あれは、ある日突然やってきた

    現役サラリーマンバリバリの三十八歳だった。
    毎日とても忙しかったが、公私とも充実していた。
    そんなある日の明け方、
    被った布団の足元が、異様に重重しく指先が窮屈に感じた。
    う・・・、う・・・、何だ痛いな・・・痛い。
    眠りから覚めた瞬間、激痛が左足に走ったんだ。
    「ぐあ・・・!」思わず金切り声で、呻いていた。
    「いた・・・!」足がすごく痛い。その痛みは薬指付け根当たりだった。
    普通じゃないその痛みは、薬指が折れてる・・・と思った。
    もんどり打つ私をみて、家内が飛び起きった。
    「? ・・どうしたの・・・パパ!」
    「ね!どうしたのよ・・・」
    もう大騒ぎである。

    この朝、約4時間、氷嚢で患部を冷やし、我慢を続け、
    家内の運転で、病院開門一番駆け込んだのである。
    診療所の先生は、ピンク色に腫れあがった私の患部を診て、
    うすら笑いを浮かべ、痛む患部を触手したあと、こう告げた。
    「小林さん、こりゃ・・・痛風だね。」「痛風。」
    「は・・・?」
    ぴんと来なかった。
    どこかで聞いたことのあるような響きだった。
    「でも先生、この指先は折れてますよ・・・すごく痛いし。」
    「いや、折れてたらこんなに腫れないな・・・」
    と言いながら、やおら患部を指先で、突っ突くのだった。
    「いた!・・いてて!」
    そして再び「これは痛風。痛風です。」
    私の抵抗にもめげず、先生はそうおっしゃったのだ。
    「うちでは、痛風の治療はやっていないので、最寄りの内科へ行って、
    検査と処方を受けて下さい。」
    「・・・そうですか。」
    看護師が、患部をシップで覆い、軽く包帯を巻いてくれた。

    家内を見ると、少し笑っているように見えた。

    ― 続きは今度。よかったらまた読んで下さい。―

    JUGEMテーマ:こころ


    おがたま
    おがたま の 木

    『痛風二十二年物語』二十四話

    • 2016.02.06 Saturday
    • 16:53
    JUGEMテーマ:こころ
     

    『痛風二十二年物語』二十四話

    “壊れた身体のここかしこ”

     

    6/8 (月曜日) 

    バイク事故の彼のように、膝を骨折すれば、長い間歩くことは出来ない。

    上体は何ら問題なくとも、

    小回りのきく車椅子が当面の移動手段だった。

    車椅子の後ろには、松葉つえを挟んでいたが、

    これをあまり使おうとはしていなかった。

    しかし彼を見ていて、思った。

    やがて本格的なリハビリが、始まるのだと・・・。

     

    さて、私の両足も筋肉は削げ、細くなっていた。

    両足先の炎症は和らぎ、入院前の痛みがうそのようである。

    ところが、その強い痛みに隠れていた新たな痛みを、

    自覚したのである。

    それは、肩や肘、指先などの関節に走る痛みだった。

    このままでいると、腕は上げられず、膝も曲がらず、

    車椅子のお世話になってしまうのでは・・・。

    少々、寒気を感じた

     

    とにもかくも、これからの毎日は、

    壊れた身体のここかしこを、元へ戻してやらねばならない。

    私こそ、このリハビリを真剣に考えねばならなかった。

    そして、どれだけの時間をこれに費やすようになるのか、

    どんな苦痛が 待ち構えているのか、

    もとどおりになるのか、不安だった。

     

    ― 続きは今度。よかったらまた読んで下さい。―

     
    雪に埋もれて 春はそこまで・・・

    『痛風二十二年物語』二十三話

    • 2015.12.12 Saturday
    • 16:18
    『痛風二十二年物語』二十三話

    歩行車をつかって歩き出す

     

    5/25 (月曜日) 

    四本脚の先端にキャスターの付いた歩行車で、

    トイレの行き来が始まった頃、あの忌々しい 尿道カテーテルも 外れたんだ。

    入院から十一日経っていた。

    歩けなかったのだから仕方ないが、

    看護師に下の面倒を見てもらわねばならず、これがとても情けなかった。

     

    歩行車の扱いも、最初はかなり難儀だった。

    間に合いそうもない時は 尿瓶を使った。

    歩行車はベットの横に常備した。

    まずベットに腰かけ、

    両足を床に下ろし、スリッパを履くことから始まった。

    今までほとんど 横になっていたため、両足の筋肉はすり落ち、かなり細くなっていた。

    足裏やひざ関節、肩関節や腕にかけ、極端な痛みは無くなったが、

    歩行車をたぐり寄せ、この蹄鉄型の肘受け部分を握り、バランスを取りながら、
    下ろした両足裏にゆっくり体重をかけ、

    この中へ身体をもっていくまでが、

    あちこちに痛みが走って、冷や汗をかいた。

    そして、この肘受け部分に両腕をかけて握り、

    上体をまえかがみに 任せるようにして、立つのである。

    そして、両足を少しずつ動かす。

    歩行はすり足だったが、体重が全てかかるわけでなく、

    痛みはわずかだった。

    こうして、そろりそろりと・・・。

     

    トイレには、ここかしこに、十分な手すりが 付いていた

    歩行車から手すりに身体を預け、やっとの思いで用を足す。

     

    洗面台の鏡に、ずいぶん痩せこけた男が弱弱しく映っていた

    ― 続きは今度。よかったらまた読んで下さい。―
     

    どんどん 歩けるように なるから ・・・ サア! 

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    街角 の ブーケ 
                    街角のブーケ

    『痛風二十二年物語』二十二話

    • 2015.10.04 Sunday
    • 17:16
    JUGEMテーマ:こころ
     

    『痛風二十二年物語』二十二話

    家内は太いおさげの女学生

     

    5/15 (金曜日) 

    私のウォーキングコースは、山あり坂ありだが、

    その中盤、横浜駅西口へ真直ぐ下る国道にでる。

    その下り坂の途中に、ある女学校の正門があるんだ。

    四時頃ともなると、濃紺のハイソックスに制服姿の生徒たちが、

    幾つもの群れを作って門を下り、

    歩道を西口へ向かって下校が始まる。

    ガヤガヤ、サワサワ・・・

    みんな色々をお喋りしながら、笑顔がたえない。

     

    実は、遠い遠い昔、今から四十五年前、

    この群れの中に、私の家内がいたんだよ。

    太いおさげに、くっきり笑窪

    太めの眉毛に円らな瞳。少々おやせだが、

    とても美しい女学生だった。

    今、彼女達を横目に、家内の遠いその頃を思い浮かべながら、

    ウォーキングしていると、楽しかった。

     

    ウォーキングは、こうしたことも要素にいれた、

    コース選択が面白いし、飽きないのではないだろうか。

    家内の実家は 川崎だったが、横浜のこの女学校へ通っていたのも、

    何かの縁があったのだろう。

    体力に合ったコース取りが、たまたま家内が通った母校の正門前を

    通過するルートになっていた。

     

    遠い遠い昔、誰も知らないその風景の中に、

    家内の声を 聞いた・・・。

     

    ― 続きは今度。よかったらまた読んで下さい。―
                 

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